福島地方裁判所 昭和22年(ワ)89号 判決 1949年2月18日
原告
八島チエ
同
富田半六
被告
保原町農地委員会
"
主文
原告両名の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告両名の負担とする。
請求の趣旨
被告が福島縣伊達郡保原町舟橋五十番地一、田一反歩につき定めた農地買收計画に対し原告等の申し立てた異議を昭和二十二年六月三十日棄却した決定はこれを取り消す。被告が昭和二十年十一月二十三日現在における事実に基いて樹立した前記買收計画はこれを取り消す。
事実
原告等は、その請求の原因として、福島縣伊達郡保原町舟橋五十番地一、田一反歩はペルー國在住の原告八島の所有であるが、被告は、訴外籏野傳次郞の請求により、昭和二十二年五月三十一日右農地につき昭和二十年十一月二十三日現在における事実に基いて定めた買收計画を公告したが、それは、当時施行されていた自作農創設特別措置法(以下自創法と略記する。)附則第二項の「相当と認めるとき」に該当する理由がなくして定められたものであつたから、原告等は、これに対し異議の申立をしたが、被告は、昭和二十二年六月三十日これを棄却した。
右買收計画には、次のような違法がある。
右田は、ほか数筆の田とともに、昭和三年中、ペルー國に在住する原告八島が買い受けたもので、爾來同原告の義兄である訴外東城林太郞が、これを管理し、昭和十五年十一月同人が死亡した後は、その長男である東城林吉が、これを管理してきたもので、これを左の通り賃貸してきた。
佐藤栄三郞に一反歩
籏野瀧之助に一反七畝
籏野啓次郞に二反十二歩
籏野傳次郞に一反歩
籏野吉次に二反歩
ところが、東城林吉は、豆腐屋をして、十一名の親族を養つてきたが昭和二十年初めころから大豆の統制が強化され、且つ食糧事情が切迫したため、何等の資産のない同人は、生活の資を得ることができなくなつたので、右小作田のうち一反歩くらいでも返地を受け、これを畑と交換耕作して生活の途を立てたいと思つていたところ、原告富田がその所有の畑と田を交換して耕作してもよいといつたので、東城は、昭和二十一年二月二十五日前記小作人五名を自宅に招き(右窮状を訴えて)田一反歩の返還又は畑一反歩の貸與を懇請したところ、小作人等は、色々相談したが、よういに話がまとまらなかつた。そうすると籏野傳次郞は、こんなことでは、いつまでたつても、らちがあかないから、自分が返そうと、自発的に、義侠的に、返地を申し出たがこれが本件田である。他の小作人等は、傳次郞にだけ返地させるのは氣の毒だとて、その場で籏野啓次郞小作中の前掲田のうち五畝歩を傳次郞に耕作させることになり、傳次郞は、昭和二十一年度からこれを耕作している。以上のように、本件田の賃貸借については、原告八島財産管理人東城林吉と賃借人籏野傳次郞との間に適法且つ正当に合意解約が成立し、東城は、その返還を受けたので、直ちに、これと原告富田所有の畑六畝十六歩とを交換して、現在まで右畑を耕作している然るに、被告は右合意解約が正当であつて、何等のかしもない事実をきわめずに、本件遡及買收計画を定めたものであるから、その違法であることは、勿論のことであり、從つて、原告等の異議申立を棄却した被告の決定もまた違法であるから、その取消を求るため本訴を提起した次第であると述べ、なお、被告は、本件田を籏野傳次郞に賣り渡す旨の賣渡計画を公告したので、原告富田は昭和二十三年九月十六日福島縣農地委員会に訴願したと附演した。(立証省略)
被告は、先ず、原告富田は正当な原告ではないとその理由を次のように述べた。即ち、行政処分の取消を求める訴を提起し得るものは該処分の相手方に限るものと解するから、本件買收計画の相手方でない原告富田は、本訴を提起することができない。仮りに、行政処分に利害関係あるものは、右訴を提起し得るものとしても、自創法は、買收計画に対する異議、訴願を提起し得るものを、当該農地の所有者及び在村地主の保有地外農地の小作農に限つているのだから、行政事件訴訟特例法施行前に提起された本件であつても、同法第二條の趣旨からして、異議訴願を許されない原告富田は本訴を提起し得ないものであるというのである。
次に、本案については、主文同旨の判決を求め、原告主張の事実中被告が、昭和二十二年五月三十一日原告主張のような買收計画を公告したこと、原告らの申し立てた異議を棄却したこと及び籏野傳次郞が、昭和三年から昭和二十一年二月下旬まで本件田を賃借小作していたことは、これを認めるが、右賃貸借の解約は、適法且つ正当ではない。即ち原告八島の財産管理人と称する東城林吉は、昭和二十一年二月二十五日籏野傳次郞外三名の小作人に対し、食糧事情切迫を理由として解約をせまり應じなければ、警察に出ても返させると強要し、おそれをなした籏野傳次郞及び籏野啓次郞から五畝歩ずつを取り上げたものであるから、合意解約ではなく、且つ、当時、農地委員会の承認も受けていない不法不当のものである。元來原告八島は、ペルーに在住するものであるから、本件田を自作することはできない。仮りに、財産管理人と自称する東城林吉が耕作するのを自作としても、同人は、自らこれを耕作することなく、原告富田所有の畑七畝歩と交換し、右畑を耕作しているものであるが同人は、豆腐屋で、農業経営の経驗なく、農業用施設の設備もなく、耕地は右畑七畝歩だけで、かたてまに、農耕をしようと画策したのであるから、当時施行されたいた農地調整法第九條第一項の規定に徴するも、東城の自作を相当とするものとは認められない。從つて、右解約は、適法且つ正当ではない。しかるに、昭和二十二年三月五日籏野傳次郞から当時施行されていた自創法施行令第四十三條に規定する遡及買收の請求があつたから、被告はしや般の事情を審議し、ほかに解約を正当とする何等の理由もなかつたので、昭和二十年十一月二十三日現在における事実に基き、自創法第三條第一項第一号により、本件遡及買收計画を定めたもので、これを現行自創法第六條の二第二号各号に照しても、何等不当違法のかどがないから、原告の本訴請求は失当であると述べ、なお本件買收計画に対する原告等の訴願は、昭和二十二年八月八日、賣渡計画に対する原告富田の訴願は昭和二十三年十一月九日、いずれも棄却の議決がされたと附演した。(立証省略)
理由
先ず原告富田が本訴を提起し得る正当な原告であるかどうかを判断するに、違法な行政処分の取消又は変更を求める訴を提起し得るものは、該処分の相手方及び該処分につき異議訴願など不服申立のできるものに限るとする被告の見解は、明らかに誤りである。右以外のものでも、いやしくも、その処分の取消又は変更を求めるについて、法律上の利益を有するものは、たとい、右処分の相手方でなくとも、又法令の規定によつて、異議、訴願など、不服申立を許されていないものでも、ひとしく、右訴を提起し得るものといわなければならない。若し、そうでないとすると、たとえば、違法な行政処分によつて、いかに自己の権利が侵害されても、ただ、その処分の相手方でないがために、またこれに対する異議、訴願などの不服申立が許されていないがために、法の救済を求めることができず、不法に権利の侵害されるのを傍観するのほかない不当な結果を招來するからである。これを本件にみるに、原告富田の主張するところは、被告は、本件田は、昭和二十年十一月二十三日現在不在者である原告八島の所有する小作地であるとの事実に基いて、昭和二十二年五月三十一日本件買收計画を公告したが、同原告は、昭和二十一年二月下旬から、本件田を賃借耕作しているというのであるから、同原告は、右買收計画の相手方でもなく、また自創法第七條所定の異議の申立や訴願の提起ができるものに該当しないことは、無論であるが、同法施行令第十七條第一項第一号は、買收農地の賣渡の相手方となるべきものを法定したから、本件買收計画を基礎として、自創法に規定する爾後の一連の手続が進行されるときは、本件田は、買收令書や賣渡通知書の交付などを経て、籏野傳次郞に賣り渡されることは、明確に予想されるところであり、同原告は、右買收令書の交付によつて、本件田の小作権を失い、籏野傳次郞に対する賣渡通知書の交付によつて、全然これを耕作することができなくなるわけである。右の事情からすれば、同原告は、本件買收計画の取消を求める訴を提起するにつき、法律上の利益を有するものと認むべきは、言うをまたないところであるから、同原告は本訴を提起し得る正当な原告であるといわなければならない。
次に本案につき勘案するに、本件土地がペルー國に存在する原告八島の所有であること、籏野傳次郞が昭和三年ころから昭和二十一年二月二十五日まで、右田を賃借耕作してきたが、その後は原告富田においてこれを賃借耕作していること、被告が籏野傳次郞の請求により昭和二十二年五月三十一日、本件田の昭和二十年十一月二十三日における事実に基いて買收計画を樹立公告したこと及び原告等が、これに対し異議を申し立てたが棄却されたことは、当事者間に爭がなく、証人佐藤栄三郞の証言及び原告八島チエ財産管理人東城林吉の供述を総合すれば、東城林吉はかねてから豆腐屋を営んでいたが、時局の影響を受けて生計が困難になつたので、昭和二十一年二月二十五日原告八島チエの小作者籏野傳次郞等五名を自宅に招じ、畑を耕作して急場をしのぐほかない窮状を告げて、畑一反歩を貸してくれるか、又は田一反歩を返還してくれるよう懇請したところ、傳次郞は、自発的に本件田の返還を申し出て、合意解約が成立したから、東城は、これを原告富田に賃貸し、同原告からは、畑約七畝歩を賃借して、これを耕作してきたもので、右合意解約につき、強制又は強迫の事実などなかつたことが認められる。証人籏野傳次郞及び籏野吉次の各証言中、右認定に反する部分は信用しない。
進んで本件買收計画が違法であるかどうかを審究するに、自創法第六條の二第二項はそれまで、いわゆる遡及買收に一定の基準を定めた法條のなかつた不備を補足するために新設された規定であるから、同條施行前に公告された買收計画であつても、同項に抵触するときは違法なものというべきである。原告は、前示合意解約は、同項第一号に規定する適法且つ正当なものであると主張するが、本件田は、所有者である原告八島が自作するものでないから、同原告の事情からすれば、右合意解約は到底正当なものと認めることはできない。もつとも原告八島の財産管理人東城林吉の供述によれば、東城についての事情は、まさに本件田の返還を受けるほかない窮境にあつたことが認められるが、合意解約の正当性を決するために調査すべき事情は、所有者及び小作農に就いての事情であり、所有者の財産管理人は、これを所有者と同視することができないから、東城についての右事情は、これを斟酌することができない。從つて右合意解約は正当なものとはいいがたく、他にこれを正当ずけるに足る主張や証拠がないから、その正当なことを前提として、本件買收計画を違法であるとし、その取消及び異議棄却の決定の取消を求める原告の本訴請求は、失当として、これを棄却すべきものである。
よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九條第九十三條を適用して、主文のように判決する。